整合規格は無料になるのか
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CEマーキングの実務で欠かせない「整合規格」は、EU法令の要件を満たすための技術的な手段です。一方で、整合規格は長く有料で販売されてきました。2024年、欧州司法裁判所は「整合規格はEU法の一部であり、無償で入手できるべきだ」という趣旨の判決を出し、EUの標準化の仕組みは見直しの途中にあります。
この記事では、整合規格の基本と、裁判とその後の動きを整理します。
1. 整合規格とは
整合規格とは、EU整合法令を適用するために、欧州委員会の要請にもとづいて採択された欧州規格です(規則(EU)No 1025/2012 第2条第1項(c))。欧州の標準化機関であるCEN、CENELEC、ETSIが作成します。
適合の推定
整合規格の参照が欧州連合官報に掲載されると、その規格に適合する製品は、規格が対象とする必須要件に適合しているものと推定されます。機械規則では第20条第1項がこれを定めています。推定が及ぶのは「規格が対象とする」要件だけで、その範囲は次に説明する附属書Zで示されます。
官報に掲載されていない規格(掲載前の規格、掲載を取り消された規格など)には、適合の推定はありません。整合規格の一覧は、法令ごとに欧州委員会が公表しています。
附属書Z:適合の推定を与える範囲を示す附属書
整合規格には、末尾に附属書Z(ZA、ZB、ZZなど。参考の附属書)が付いています。附属書Zは、規格のどの条項が、法令のどの必須要件に対応するかを表で示したもので、適合の推定が及ぶ範囲を決める重要な部分です。
- 推定は附属書Zの範囲に限られる:規格に適合していても、適合が推定されるのは、附属書Zの表に挙げられた必須要件(とその条項)についてだけです。表に挙がっていない要件や、「一部対応」とされている要件の残りの部分は、他の規格やリスクアセスメントなどで別に適合を示す必要があります。
- 法令ごとに附属書が分かれる:一つの規格が複数の法令に関係する場合は、法令ごとに附属書(例えば機械指令向けにZA、別の法令向けにZB)が設けられます。CENELECの規格ではZZが使われることがあります。どの法令の附属書Zかを確認しないと、別の法令について推定があると誤解するおそれがあります。
- 定型の注意書き:附属書Zには、「適合の推定は、この規格の参照が官報の一覧に掲載されている間に限り有効である」「この規格の対象製品には、他のEU法令が適用されることがある」という趣旨の注意書きが付きます。
- 法令が変わると附属書Zも変わる:機械指令向けの附属書ZAを持つ規格は、それだけでは機械規則に対する推定を与えません。機械規則の整合規格として官報に掲載されるには、機械規則の必須安全衛生要件との対応を示す附属書Zが必要になります。機械規則への移行で規格の改訂が必要になる理由の一つです。
技術文書で整合規格の適用を示すときは、規格の番号と版に加え、附属書Zの対応表のどの要件について推定に依拠するのかを整理しておくと、推定が及ばない部分の手当てが明確になります。
使うかどうかは任意
整合規格の適用は任意です。整合規格を使わず、他の技術的解決策で必須要件への適合を示すこともできます。その場合は、適合を技術文書で自ら証明する必要があります。ただし、機械規則の附属書I Part B のように、整合規格を完全に適用した場合に限り簡易な適合性評価手続を選べる仕組みもあり、実務上の意味は大きくなっています(機械規則 附属書I Part A/Part B の判定)。
共通仕様と異議申立て
整合規格がない場合や不十分な場合には、欧州委員会が実施法令で共通仕様を定め、整合規格の代わりとすることができます(機械規則第20条第3項など)。また、加盟国や欧州議会は、整合規格が要件を満たしていないと考えるときに正式な異議申立てを行うことができます(規則(EU)No 1025/2012 第11条)。
整合規格の位置付けについては、ブルーガイドの4.1.2 必須要件への適合:整合規格も参照してください。
2. なぜ有料なのか
整合規格の著作権は欧州の標準化機関にあり、各国の標準化機関(ドイツのDIN、フランスのAFNOR、英国のBSIなど)を通じて販売されています。規格の販売収入は、標準化機関の運営や規格作成の資金源の一つになってきました。
法令の要件への適合が推定されるという法的な効果を持ちながら、それを読むには購入が必要——この状態に対して異議を唱えたのが、次の裁判です。
3. Public.Resource.Org 事件
米国の非営利団体 Public.Resource.Org と、アイルランドの Right to Know は、EU文書へのアクセス規則(規則(EC)No 1049/2001)にもとづき、玩具の安全などに関する4つの整合規格の閲覧を欧州委員会に請求しました。欧州委員会は、規格の著作権と標準化機関の商業的利益の保護を理由に拒否しました。
- 一般裁判所(2021年7月14日、T-185/19):欧州委員会の拒否を支持し、請求を退けました。
- 欧州司法裁判所(2024年3月5日、C-588/21 P):一般裁判所の判決を取り消し、欧州委員会の拒否決定を無効としました。
欧州司法裁判所は、整合規格はその法的効果によりEU法の一部を構成するとし、法の支配の観点から、個人が自らの権利と義務を確認できるよう整合規格に自由にアクセスできるべきだと判断しました。そのうえで、請求された整合規格の開示には、著作権など商業的利益の保護を上回る優越的な公益があるとしました。
一方で、判決は整合規格の著作権そのものを否定したわけではありません。標準化機関側は、判決後も規格の著作権は維持されるとの立場を示しています。
4. 判決の後
閲覧の仕組み
判決を受けて、請求された規格は開示され、判決に関係する整合規格を各国の標準化機関のポータルで閲覧専用で公開する仕組みが設けられました。ただし、すべての整合規格を無償でダウンロードできるようになったわけではなく、実務で規格を使うには、引き続き購入するのが一般的です。
ISO・IECによる訴訟
整合規格の多くは、ISOやIECの国際規格を欧州規格として採用したもの(EN ISO、EN IEC)です。欧州委員会がISO・IECの規格を基にした規格へのアクセスを認めたことに対し、ISOとIECは2024年12月、その決定の取消しを求めて一般裁判所に訴えを起こしました(T-631/24)。2024年の判決は欧州の整合規格についてのもので、国際規格には及ばない、著作権を侵害する、といった主張です。
この訴訟は2026年10月時点で係属中とされています。報道では、この対立の影響で、ISO・IECを基にした整合規格の官報掲載が滞っていると指摘されています。機械の安全規格には EN ISO 12100 や EN ISO 13849-1 などISOを基にした規格が多く、機械規則の整合規格の掲載が遅れている背景の一つとも考えられます。
標準化規則の改正案(2026年10月)
欧州委員会は2026年10月6日、規則(EU)No 1025/2012に代わる新しい欧州標準化規則の案(COM(2026) 780)を提案しました。報じられている主な内容は次のとおりです。
- EU法で参照される規格を無償で利用できるようにする。EU法の一部となる規格を閲覧できるリポジトリを設ける。
- 整合規格の作成期間を短縮する(平均6年から4年を目標)。
- CEN、CENELEC、ETSIが期限内に適切な規格を作れない場合に、他の指定された規格作成機関に要請できるようにする。
- 中小企業、市民社会、学術、公的機関の参加を強化する。
この案は、今後、欧州議会と理事会で審議されます。採択されるまでは現行の規則(EU)No 1025/2012が適用され、無償化の範囲や時期、標準化機関への財政的な手当て、著作権の扱いは、審議の中で具体化されることになります。
5. 製造業者にとっての意味
- 当面は購入が前提:現時点では、整合規格を実務で使うには購入が必要です。閲覧専用の公開は対象と機能が限られています。
- 官報の掲載状況を確認する:適合の推定を得られるのは、官報に参照が掲載された版だけです。ISO・IEC系の規格の掲載が滞っている状況では、使おうとしている規格が掲載済みかを必ず確認する必要があります。
- 改正案の行方を追う:新しい標準化規則が成立すれば、整合規格の入手方法と費用は大きく変わります。規格の作成主体や作成期間の見直しも、今後の整合規格の掲載時期に影響します。
本記事は、判決と2026年10月時点の公表情報・報道にもとづいています。改正案の具体的な条文は、欧州議会と理事会の審議で変わる可能性があります。